一般
時刻は早くも23時半、寝る前の薬を飲む時間である。私は散らかった部屋の諸々の中から慣れた手つきで目当ての薬を探し出すと、シートから錠剤を押し出して手のひらに乗せた。しかし、それを飲み下すための水がない。……いや、水がない、というのは不適切な表…
少しだけ開いているカーテンの隙間から街明かりが侵入してきてぼんやりと暗闇を照らす、お前は偽物の星なんだろう? 鋭角三角形の異空間から干しっぱなしの自意識がヒラヒラと死んでいった。 私はもうずっと眠れもしないまま幽体離脱した自分が抜け殻の私を…
片足の指のない鳩を見たことがある。 京都のとある街中を歩いていると、道路の真ん中をフラフラと歩く小ぶりの鳩を見かけた。近付いても全く逃げようとせず、初めのうちは何て能天気な鳩なんだろうと半ば呆れていたのだが、よく見るとその鳩の片足には指が無…
「この歌、途中まですごい良いのに最後の方の歌詞で急に正論振りかざしてくる感じが気に食わないんだよね〜」 そんなことを言っていた彼女は今、私よりもよっぽど“正しい”人生を歩んでいて、ここからは見えないほど遥か遠くに行ってしまった。私はと言えば、…
(前略)最も重要な、あるいは最も魅力的な願いとして明らかになったのは、人生を展望すること……であった。人生がそれ本来の厳しい浮き沈みを続け、同時に人生がそれと同じようにはっきり虚無として、夢として認識されるように展望したかったのである。 (カ…
お気に入りのステンレス製のコップに入れた麦茶を一口飲んだら、薬みたいな味がした。この麦茶変な味だな、と昨日から思っているけど、捨てたり作り直したりするのが面倒でそのまま飲み続けている……いや、面倒、という感覚にすら達していない。麦茶が変な味…
道路には車のブレーキランプが赤く散っていた。私は横断歩道の白いペンキを踏みつけながら、ずり落ちてきたリュックサックの肩ひもを元の位置に戻す。伸ばしすぎた髪が首にまとわりついて少し不快だ。世の中はどうやら夜だった。ぶっ壊れたクーラーから出て…
高知県の空は広い。澄んだ空は真上に行くほどその青色を濃くしていく。その色のグラデーションが青い風船のようだと昔から常々思っていた。膨らませたゴム風船は膨らまし口に比べて頂上辺りの方が伸びきっておらず色が濃い。青く澄みすぎた空を見ていると、…
去年の夏に買ったかかとの高い靴を履いてみた。買ってすぐの頃にはヒールに慣れなくて数十歩歩くたびにつんのめっていたのに、いつのまにか平気で歩けるようになっていた。アパートの階段を降りる。ヒールの音がカツカツと、少し大げさに感じるほど響いた。 …
電車に乗った。 車内には人々、つり革、広告、窓とそこから見える景色。座席は全て埋まっており、曖昧な位置にぼんやりと立つ。窓の外を見ると、灰色の駅のホームに肌色の人間どもが行き来していた。大阪の人混みは川の流れみたいで好きだ。綺麗な川じゃなく…
レジ打ちをしていると、いろんな客がそれぞれの生活を見せつけてくる。それらは肉の色をしていていつもグロテスクだ。 太った人がカップラーメンをカゴ2つに山盛りにしてくる。若い男の集団がビールを箱ごと何十本も買っていく。小銭を探す手も覚束ないおじ…
そんなわけで人生は常にスケッチに似ている。しかしスケッチもまた正確な言葉ではない。なぜならばスケッチはいつも絵の準備のための線描きであるのに、われわれの人生であるスケッチは絵のない線描き、すなわち、無のためのスケッチであるからである。 (ミ…