海苔ささみピザパン

いろいろです Twitter@kame_kau

電車

  電車に乗った。

  車内には人々、つり革、広告、窓とそこから見える景色。座席は全て埋まっており、曖昧な位置にぼんやりと立つ。窓の外を見ると、灰色の駅のホームに肌色の人間どもが行き来していた。大阪の人混みは川の流れみたいで好きだ。綺麗な川じゃなくて、ところどころに淀みがあって速さもあんまり均一じゃないような川。人々は淀んだり、速く流れたり、ゆっくり流れたり、時には川に投げ込まれた不純物みたいに彷徨いつつ、自分のやり方で目的地へ向かっていく。

 

  発車した。

  肌色の川は遠ざかり、景色は青っぽい空や薄汚れたビルへと変化する。電車の音が規則正しく脳を揺さぶる。乗客達の話し声は絶え間なく鼓膜を揺らす。ガタンゴトンという鉄の関節が軋む音と、ほとんど外国語のように聞こえる人間の声が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って私の頭の周りをぐるぐる回りだす。鏡がないので自分では見えないけれど、頭のところにへんてこな輪っかを浮かべている様子はかなり滑稽だろうから、他の乗客に笑われているような気がして下を向いて足の裏にギュッと力を込めた。

  そうして下を向いたまま何駅か過ぎ、妄想も薄まってきた頃に顔を上げて車内広告を眺める。電車の車内広告を私ほど真剣に見ている人は他にいないのではないかと思う。一言一句逃さず読み、問いかけには本気で悩み、意図が汲み取れないものは必死になって意図を探る。おそらく広告というものは誰かの目に留まることが目的であり、誰かの目に留まったその後のことはあんまり考えてないんじゃないかと思う。そこにあるハテナマークも濁した語尾も、全てインパクトを出すためだけに配置されているただの文字だ。だから考えても答えは出ない。それでも私は、これ以上ないほど真剣に広告を眺めてしまうのだ。

  少し離れた位置にいる女児は編み込みにした髪をふたつ結びにしていて、小綺麗な淡色のスカートがよく似合っている。彼女の頭上では大量の果実のようにぶら下がったつり革が意思を持たずに揺れていた。女児が笑顔で母親に話しかけている。電車が揺れ、人々が揺れ、車内広告が揺れ、つり革が揺れる。揺れていないのは、私だけだ。

 

  目的地まであと何駅か。