海苔ささみピザパン

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かかとの高い靴

 去年の夏に買ったかかとの高い靴を履いてみた。買ってすぐの頃にはヒールに慣れなくて数十歩歩くたびにつんのめっていたのに、いつのまにか平気で歩けるようになっていた。アパートの階段を降りる。ヒールの音がカツカツと、少し大げさに感じるほど響いた。

 子供の頃に大阪を訪れたとき、梅田の地下を歩く女性たちの脚が皆とても長いのに驚いて、母親に「大阪の人はみんな脚が長いねえ」と言うと「何言ってるの、あれはハイヒールだよ」と呆れられたことを思い出す。あのとき私は初めてハイヒールを知ったのだ。異様に大きなヒールの音を地下道に響かせながら颯爽と歩く大人の女性たちを、少しだけ怖いと感じていたことをぼんやり覚えている。

 私は今大阪に住んでいて、ハイヒールを履いて歩いている。前を向くと、やはりいつもより視線が高いようで、視界が少し開けて見えた。どこが違っているのか明確には分からないけれど、この靴を履く前に見ていた景色とは明らかに何かが違う。私はもうすぐ21歳になるんだな、と、突然に思った。私が。私は。私、21歳に。

 化粧をするとき、鏡で自分の顔を凝視することに滑稽さを感じなくなったのはいつからだろう。19歳だった頃は、堪えきれず毎朝声を出して笑いながら顔に色を塗っていたはずなのに。ひとつまたひとつと化粧道具が増え、最初は5分もかからなかった化粧の時間も徐々に伸びた。

 私の表面が少しずつ、ふやかされて違う形に固められていくような感覚。今はもう、かかとの高い靴を履いて階段だって降りられるのだ。

 エントランスから外に出ると、少し雨が降っていた。傘を取りに戻ろうか悩んだけれど、面倒なのでそのまま行くことにした。コートが濡れても別にいいと思った。その程度の未完全さは、まだ私には許されているはずだったから。