海苔ささみピザパン

いろいろです Twitter@kame_kau

『スマイル』

  今朝の話です。

 7時40分、私はバイト先へ向かうために家を出ました。昨夜は3時頃まで寝付けませんでした。7時20分になんとかベッドから這い出て、半開きの目で洗顔、着替え、化粧もそこそこに玄関へ。冷蔵庫からひっつかんで来たウィダーインゼリーを気合いで飲み込みながらマンションのエントランスを出ました。

 この時間帯は小中高生の通学時間と重なります。大小さまざまなかたまりとなった学生たちは、淀みながらも毎日決まった方向へと流れて行くのでした。

 私は3〜4人の女子高生らしき集団とすれ違いました。彼女らは声を合わせて歌いながら歩いていました。

 

いつでもスマイルしようね

とんでもないことがおきてもさあ

かわいくスマイルしててね

なんでもない顔してでかけりゃいいのさ

 

 ……と。ホフディランのスマイルという曲です。最近若い女優さんがカバーしたので、それで知っているのだろうと思いました。ひとかたまりの女生徒たちは、正確な半径を保ちながら、そしてやはり時たま淀みながらも、私の方へと近付いて来ます。

 その歌声は私の感情を大きく揺さぶりました。彼女らだけを包んだ透明で巨大な泡(あわ)が……と、そこまで考えたところで彼女らは私の横を通り抜け、歌声は後方へと遠ざかって行きました。

 

ねぇ 笑ってくれよ

キミは悪くないよ

 

 ……。

 

 未だ光の宿らぬ寝起きの眼を引きずりながら、私は朝の挨拶の脳内シミュレーションを開始していました。

 おはようございます、おはようございます、おはようございます…

 

 

(スマイル/歌 森七菜/作詞作曲 渡辺慎

https://youtu.be/v7BY5m2wYx4

知ることによって

 私は、20歳になったばかりの頃、アホのようにお酒を飲んでいました。バイト終わりにコンビニで200ml入りのウィスキーを買ってきて、それを氷も何もなしに1/3ずつコップに注いで、一気飲みしていました。

 私はお酒に強く、そんな飲み方をしてもせいぜい楽しくなってゲラゲラ笑って寝るくらいで、次の日にはケロっとしていました。ひとり暮らしの家で深夜にゲラゲラ笑っている時点で尋常ではないと、今では思っています。

 そんな飲み方を辞めたのは、ある知人に「それ普通に急性アルコール中毒で死ぬやつだよ」と注意されたことがきっかけです。私は、本当にそう言われるまでは急性アルコール中毒のキの字も思い浮かべたことはなく、お酒を飲みすぎたら死ぬことがあると知識では知っていたものの、まさか自分の行為がそのような危険性を持つものだとは想像もしていませんでした。私は大変な衝撃を受け、そして死ぬのが怖くなったため、ウィスキーの一気飲みを辞めました。

 

 また、私は保育園児だった頃、ジャングルジムに登るのが好きでした。ジャングルジムのてっぺんに何の支えもなしで立ち上がるのが、特に好きでした。でも、今はもうそんなことは出来ません。それは、私が「そんなことをすれば落ちるかもしれない」「落ちたらただではすまない」ということを知ってしまったからだ、と思います。保育園児だった頃の私は、自分がジャングルジムのてっぺんから落ちる可能性なんて微塵も考えていませんでした。だからこそあんなに上手にバランスが取れたのでしょう。大人になった今、同じことをすれば、少しでも「落ちるかもしれない」という恐怖が頭をよぎった瞬間に、本当に落ちてしまうのではないかと思います。そして、落ちることが怖くて、私はもうジャングルジムのてっぺんに立つなんてアホなことは初めからできないのです。

 

 お酒もそれと同じです。死ぬかもしれないという恐怖が頭をよぎったその瞬間に、本当に血中アルコール濃度が急上昇して死んでしまうのではないかと思います。それが怖いので、私はあんなアホなことはもうしないつもりです。

 あのときに「死ぬよ」と教えてくれて、アホな飲酒をやめるきっかけを与えてくれた知人には本当に感謝しています。死ぬ可能性を知っても知らなくても、いつまでも続けていたら絶対にいずれは死んでしまうような行為でしたから……。

 

 この2つのエピソードから、私は、知るということは人を不可逆的に変える力があるんだなあとしみじみ思います。成長とか、そういう言葉でも表せるのかもしれません。

 とは言え、ジャングルジムのてっぺんに立つことに関しては、いつかまたチャレンジしてみたいという気持ちが実のところ拭いきれません。仮に落ちてもきっとまあ死にはしないでしょう。しかしこの楽観的観測も、知ることによって今後覆るかもしれませんが。

風の谷のナウシカ感想

死は生と、罪は聖と、賢は愚と見える。いっさいはそうなければならない。いっさいはただ私の賛意、私の好意、愛のこもった同意を必要とするだけだ。そうすれば、いっさいは私にとってよくなり、私をそこなうことは決してありえない。(ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』より)

 

 ナウシカはなぜ王蟲を鎮めることができたのだろうか。それは「お話をしたから」であると思う。

 ナウシカは作中で多種多様な他者と対話をしている。しかし、どんな場合であっても、コミュニケーションの主体は自分自身であるのだ。ナウシカは決して他者を理解するためにコミュニケートしない。自身の意思を相手に伝えることのみに終始している。ここで重要なのは、その態度と友愛・慈愛の心は両立し得るということだ。目の前の相手を個別に思いやり、自らの意思を伝えるために手段を選択して(ナウシカは子供と話す際には砕けた口調で話し、ムシと話す際はムシブエなどの道具も使う)語りかける、これを愛と呼ばない理由などどこにもありはしない。

 ナウシカにとって、他者は等しい。等しいからこそ、コミュニケートする際の手段は異なる。ナウシカはそういった点において誰よりも優れた個なのだと思った。

翼よ!あれが通天閣の灯だ

 最近、道行く人が私を見ているような気がしていた。実際私は、先天性の障害によって左腕が不自由で、挙動不審で、声も少し変だ。だから知らない人も私を気持ち悪いと思って見ているのかもしれない。そう思った。

 昔からの友人には、実際君は目立っているよ、と笑いながら言われた。

 しばらくそのことで悩んだ。外に出るのが嫌になりかけもした。しかし、思い返してみれば、私が奇異の視線に晒されているのは何もここ最近だけにとどまらないじゃないか?物心ついた頃からずっと、みんなが当たり前にできることができなかった。その都度、疎外され、外野から見学した。そして、自分の納得できる範囲で、改善可能なものは改め、そうでないものは開き直ってやり過ごしてきたではないか?

 私は何のために都会に出てきたのか?たった今私をちらと見た、ような気がする、その見ず知らずの人。それが何だというのか。もうとっくにすれ違って遠くに行き、顔も覚えていない。この土地では、私は、どこにでも行けるのだった。私は通行人Aになりたくてここに来た。あの人が実際に私を見たとして、そして「キモ」とでも思ったとして、それでもまだなお私の匿名性は守られているのだ。

 嬉しくなった。街には無数の灯がともっている。私はその辺に大量にいる知らねえやつらが本当に死ぬほどどうでも良いと思った。明日からも、私たちは行きたいところへ行くはずだ。

書きかけの遺書

 13歳の頃、遺書に、「私は色々な問題を抱えすぎている。それらの問題を後回しにし続けて全てのしわ寄せが来る前に自殺するしかない」と書いた。私は結局死ななかった。あのときからずっと抱え続けている私の問題たち、見えないところで歪み続けている人生のしわ寄せは、

会話をするということ

 とあるアイドルグループのオンラインイベントを見ていると、こんな会話がありました。

A「お腹すいたー」

B「え、お腹すいた?(笑) うーん、じゃあー、お寿司だったら何食べたい?」

 

 私はそれを見てとても嬉しくなりました。会話というのは常にこうあってほしいものだ、と。

 Bさんは、Aさんの「お腹すいた」という発言の唐突さに初めは少し驚いています。しかし、その発言に対して「お昼食べたばっかじゃん(笑)」などと切り捨てるのではなく、かと言って「そっかー」と受け流すのでもなく、一度ありのままに受け取った上で咀嚼し、再解釈/再構築して(不勉強ゆえこのあたりの言葉の使い方が正確ではないと思います、すみません)、「お寿司」という"Bさんの言葉"を中心に据え直して答えています。

 

 私自身、人と会話しているときによく「そっかー」と受け流されることがあります。相手に悪意はないと分かっていても、少し寂しい気持ちになります。Bさんのようにお喋りに応じてくれる人はけっこう稀で、そんな人と話しているとすごく楽しいですし、嬉しくなります。私も常にBさんのようにありたいものです。

 

 ちなみに、Aさんの食べたいお寿司は中トロとのことでした。

安全

 天井が波打っている。天井が波打つはずはないから、波打っているのは眼球の方かもしれない。でも、眼球が波打つはずはないから、やはり波打っているのは天井なのかもしれなかった。

 蛍光灯が4本あって、ああこいつを殺すならあの肋骨の隙間にナイフをねじ込めばいいのだなと思った。実際私は元気で、今日だって朝7時に起きてバイトに行った。頭の中が騒がしいのはいつものことで、いつものことだから、つまり、私は元気なのだ。